シニア犬に多い肥満細胞腫とは。症状や治療法を獣医師がわかりやすく解説

肥満細胞腫は皮膚にできる悪性の腫瘍です。放置するとリンパ節やほかの臓器に転移することもあるので、早期に治療を開始することが大切です。ここでは肥満細胞腫の症状や治療法について、日本獣医がん学会の認定医である吉田先生に詳しくお話を伺います。

犬の肥満細胞腫とはどのような病気ですか?

肥満細胞腫は主に皮膚にできる腫瘍の一つです。発生箇所やサイズ、見た目も様々で、イボのようなできものができることもあれば、赤く腫れることもあります。「ちょっと赤くなっているだけだと思ったら肥満細胞腫だった」ということもあるので、愛犬が高齢になってから皮膚に異変を見つけたら、早めにかかりつけの獣医師に診てもらうようにしましょう。

そもそも腫瘍とは

犬の体は無数の細胞からできています。全ての細胞は必要に応じて分裂しながら増殖していきますが、稀に突然変異を起こして異常な細胞(腫瘍細胞)が生まれることがあります。この異常な細胞は体の指令を無視して無秩序に増殖し続け、やがて健康な臓器や骨を圧迫したり、破壊するようになります。こうしてできた異常細胞の塊を腫瘍と言います。

通常、腫瘍細胞が生まれても免疫によって退治されるのですが、高齢になって免疫力が低下すると、腫瘍細胞が成長しやすくなるのです。肥満細胞腫は、「肥満細胞」という細胞が異常に増殖する病気です。

肥満細胞とは

肥満細胞という細胞をご存知ない方は多いかもしれませんね。肥満細胞は皮膚、胃や腸などの消化管粘膜、気道管粘膜など、外界と接する場所に存在しています。内側に「ヒスタミン」や「ヘパリン」など、さまざまな役割を持つ顆粒を大量に含んでおり、状況に応じてこうした顆粒を放出しながら生命活動を支えています。

〜肥満細胞に含まれる顆粒について〜

  • ヒスタミン:アレルギー反応や炎症反応を引き起こしたり、胃酸の分泌を促進する物質。
  • ヘパリン:血液が固まらないようにする物質。

ちなみに肥満細胞という名前は、細胞が多くの物質を含んで膨れていることに由来しています。体型の肥満とは全く関係ありません。また、皮下の脂肪が異常に増殖する良性の「脂肪腫」と間違われる方も多いですが、脂肪腫と肥満細胞腫は全くの別物です。

肥満細胞腫ではどのような症状が現れますか?

犬の肥満細胞腫は、肥満細胞が存在している場所ならどこでも発症する可能性があります。皮膚にできることが圧倒的に多いですが、稀に胃腸などの消化管や脾臓に発生することもあります。

皮膚が赤くなったり、しこりやできものが現れる

肥満細胞腫は犬の皮膚にできる悪性腫瘍の中で最も多いと言われています。しかし、特徴的な色や形状はなく、イボのようなできものができることもあれば、少し赤く腫れているだけなこともあり、見た目は様々です。その時によって大きくなったり小さくなったり、サイズが変化して見えることがまれにあります。(サイズが小さなくなったからといって病気が改善しているわけではありません。)そのため、獣医師であっても、見た目だけで肥満細胞腫かどうかを判断することはできません。

消化器症状が現れることも

胃腸や脾臓などに肥満細胞腫ができたときは、嘔吐や下痢、食欲不振などの症状が見られることがあります。どれもシニア犬では比較的よく見られる症状なため、発見が遅れてしまうことも少なくありません。こうした症状が定期的に続くような場合は、早めに動物病院で診てもらいましょう。

肥満細胞腫を刺激してはいけません

肥満細胞腫になると、異常な肥満細胞が極端に増加します。腫瘍化した肥満細胞の中にもヒスタミンやヘパリンなどの顆粒は含まれている上、腫瘍化した肥満細胞はこうした顆粒を放出しやすく、下手に刺激すると体内に大量の顆粒が放出されることがあり、それに伴い様々な症状が現れるようになります。

例えば、ヒスタミンが大量に放出されると胃液が過剰に分泌されるため胃潰瘍になり、胃で出血が起きることから吐血したり、真っ黒な下痢便をするようになります。また、なでる程度なら問題ありませんが、揉んだり擦ったりすることでヒスタミンが放出され、急に腫れが悪化したり、内出血を起こしたり、最悪の場合ショック状態に陥って命に関わるような危険性もあります。皮膚に異変を見つけた場合はあまり刺激せず、早めに動物病院で診てもらうようにしましょう。

肥満細胞腫が進行するとどうなるのでしょうか?

肥満細胞腫は基本的に全て悪性

腫瘍には良性と悪性があります。良性の腫瘍は一般的に増殖スピードがゆっくりで転移もしないので、比較的治療がしやすく、治療後はいい経過を辿ることが多いです。一方、悪性の場合は増殖スピードが早く、体のあちこちに転移をするため、治療しても完治できないケースもあります。良性腫瘍と悪性腫瘍の違いについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

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肥満細胞腫は基本的に全て悪性なので、早急に治療をしなければリンパ節や他の臓器に転移してしまう可能性があります。

肥満細胞腫のグレードについて

肥満細胞腫は全て悪性腫瘍ですが、悪性度により3つのグレードに分類されます。グレードによって成長スピードや転移のしやすさが異なるため、できた腫瘍のグレードに応じて治療法や治療経過も異なります。ただし、見つかった腫瘍のグレードを把握するには、手術で切除した腫瘍組織を詳しく調べる必要があります。(病理検査)

グレード1 肥満細胞腫の中でも悪性度が低く、転移を起こしにくいのが特徴です。皮膚炎のように赤くなったり、皮膚に小さなしこりができることが多いです。腫瘍組織の切除手術のみで完治が見込め、再発も起こしにくいです。
グレード2 グレード2の肥満細胞腫のうち、多くは腫瘍組織を手術で切除すれば完治が見込めます。しかし、他の臓器に転移しているケースもあり、抗がん剤治療や放射線治療が必要になることもあります。また、再発するリスクもあるため、術後の定期検診が必要不可欠です。
グレード3 肥満細胞腫の中で最も悪性度が高く、診断時にはすでにほかの臓器や近くのリンパ節に転移しているケースが多いです。手術だけでは治療が困難で、抗がん剤や放射線治療を併用しても完治させることは難しいでしょう。再発もしやすいです。

動物病院ではどんな検査が必要になりますか?

皮膚にしこりやできものがあった場合、それが特に処置する必要のないただのイボなのか、それとも悪性腫瘍なのかを見ただけで判断することはできません。そのため、皮膚に異常が見つかった時は、気になる箇所に針を刺して、採取した細胞を顕微鏡で観察する「細胞診」という検査をすることが一般的です。これは麻酔なしでできる検査です。

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肥満細胞腫の細胞は、非常に特徴的な見た目をしているため、細胞診だけで肥満細胞腫かどうか判断することができます。

ただし、細胞診だけではどこまで腫瘍が広がっているか、悪性度(グレード)はどのくらいなのか、ということまでは判断できません。手術で切除した病変を調べてはじめて、詳細な情報を得ることができるのです。そのため、どのような治療法が適しているのかを調べるため、追加で以下の検査を行うことが多いです。

  • 転移の有無を確認する検査(リンパ節の細胞診、レントゲン検査、超音波検査など)
  • 内臓や全身の状態を確認する検査(血液検査、尿検査など)

肥満細胞腫ではどのような治療が必要になりますか?

手術で切除するのが基本

肥満細胞腫が見つかったら、手術で切除するのが基本です。グレード1の肥満細胞腫の場合は、腫瘍がある箇所だけを部分的に切除すれば完治させることができます。ただし、グレード2以上になると周辺の組織までがん細胞が広がっているため、広範囲を切除する必要があります。

切除しきれなかった場合は放射線療法

手術で取り切れなかった腫瘍を死滅させるために、放射線療法を追加することもあります。放射線療法とは、強力なX線によって腫瘍細胞を死滅させる治療法です。腫瘍細胞と正常細胞ではX線に対する感受性が異なるため、腫瘍細胞のみ倒し、正常細胞は耐えられるレベルにX線を調節して、腫瘍がある部位に繰り返し照射します。腫瘍組織が大きすぎると、放射線を照射しても腫瘍細胞が残ってしまう可能性が高いため、手術で大きな腫瘍組織を取り除いた後、取り切れなかった部分にピンポイントで照射する方が効果的です。

ただし、放射線療法を行う場合、基本的に複数回の照射が必要になります。手術後の放射線治療で完治を目指すなら、15~20回の照射をしなくてはなりません。そしてその都度、全身麻酔が必要になります。治療期間は約2〜3週間ほどかかるでしょう。

また、放射線療法ができる施設は限られているため、遠方の動物病院に通わなければならないことも多いです。特に愛犬が高齢の場合、どこまでの治療を希望するのか、かかりつけの獣医師としっかり相談して治療方針を決めるようにしましょう。

投薬治療

肥満細胞腫は抗がん剤や分子標的薬(特定の細胞にのみ作用する薬)などの薬を使って治療をすることもあります。特に他の臓器やリンパ節に転移が認められ、全身症状が現れている場合には、手術で取り切ることが不可能なので、腫瘍を小さくする目的で投薬治療を考えます。肥満細胞腫は比較的、投薬治療の効果が得られやすい傾向にあります。肥満細胞腫は比較的、投薬治療の効果が得られやすい傾向にあります。

ただし、投薬治療は全身に散らばった腫瘍細胞だけでなく、正常な細胞にも影響を与えてしまうため、副作用が現れることがあります。分子標的薬は抗がん剤より副作用は少ないと言われていますが、全く影響がないわけではありません。また、定期的な薬の投与と検査が必要になるので、治療費も高額になりがちです。どの薬で治療するのかは、腫瘍の状態や通院できるかどうか、自宅で投薬できるかどうかなどで変わってくるので、かかりつけの獣医師としっかり相談して決めましょう。

他にも、腫瘍を小さくしたり炎症を抑える目的でステロイド剤を併用したり、肥満細胞から放出されるヒスタミンの働きを抑制するために、抗ヒスタミン薬を用いることもあります。

手術の後はどうなるのでしょう?

病理検査

手術が終わったら、摘出した腫瘍組織を詳しく調べる「病理検査」を行います。病理検査をしてはじめて、腫瘍のグレードや転移の有無などを詳しく把握することができるので、この検査は非常に重要です。

病理検査の結果をもとに、このまま経過観察でよいか、追加で検査や手術を行うか、放射線療法や投薬治療を行うのか、といった治療方針を決定します。

腫瘍が残っていたら

腫瘍の周辺組織を含めて切除しても、顕微鏡レベルでは微小な腫瘍組織が取り切れずに残ってしまうことがあります。そのような時は、取り残してしまった腫瘍を切除するために再手術を行うのが理想です。再手術で取り残しを除去できれば、完治する可能性は90%以上と言われています。ただし、腫瘍の位置や犬の状態によっては再手術が難しいケースもあります。そのような場合には放射線治療や投薬治療を勧められることもあるでしょう。

ちなみに、肥満細胞腫のグレードが低く、かつ取り残した腫瘍がごくわずかである場合、再発しないケースもあります。そのため、積極的な治療をしないで経過観察で様子を見ることもあります。ただし、もし再発してしまったときは初回の治療に比べて完治させることが難しくなるのを覚えておきましょう。

老犬で肥満細胞腫が見つかった場合、どうしたらいいですか?

肥満細胞腫の余命について

肥満細胞腫の余命はグレードによって大きく異なります。グレード1の場合、手術で切除することができれば、完治できるケースがほとんどです。グレード2では、手術や放射線療法で腫瘍組織を取り切れるかどうか、転移していないかによってその後の状況は大きく異なります。転移が見られず、腫瘍組織を完全に取り切ることができれば、多くのケースで完治が見込めるでしょう。グレード3はきちんと適切な治療をしても、平均寿命は数か月程度といわれています。ただし、医療技術や新薬の開発なども進歩しているため、グレード3であっても治療の選択肢は広がっています。

手術が難しい場合

愛犬が高齢になってくると、体力や持病などの問題から、手術が難しいケースもあるでしょう。そのようなときは症状を和らげる対症療法が中心になります。皮膚にできた肥満細胞腫で悪性度が低い場合、転移や自壊(腫瘍の内側が破裂して崩れること)が起きなければ、犬自身もあまり苦痛を感じることなく、今まで通りの生活が送れると思います。経過観察で様子を見ることもあるでしょう。状況によっては抗がん剤やステロイドを投与することもあります。愛犬にどこまで治療をしてあげるべきか、かかりつけの獣医師ともしっかり話し合いながら、飼い主さんが納得できる治療法を探してあげられるといいですね。

最後に

肥満細胞腫はシニア犬に多い病気の一つですが、特徴的な症状が現れないことも多く、見逃してしまうケースも少なくありません。毎日のマッサージやブラッシングなどで愛犬とこまめにスキンシップをはかり、少しでも異変が見つかった時は、早めに獣医師に相談するようにしましょう。