【獣医師が解説】犬の脳腫瘍の症状、治療法、介護の仕方をわかりやすく

犬の脳腫瘍はシニア犬で比較的多く見られる病気ですが、特に高齢になると手術が難しいケースも多く、治療方針について悩む飼い主さんもいらっしゃると思います。そこで今回は、日本獣医がん学会に所属されている福永先生に、犬の脳腫瘍について詳しく伺います。

犬の脳腫瘍とはどんな病気ですか?

シニア犬になると増える腫瘍(ガン)

犬の体は無数の細胞が集まってできています。細胞は必要に応じて分裂しながら増殖していきますが、稀に突然変異を起こしてがん細胞が生まれることがあります。がん細胞は体の指令を無視して無秩序に増殖し続け、やがて健康な臓器や骨を圧迫したり、破壊するようになります。こうしてできたがん細胞の塊をガンと言います。

通常、がん細胞が生まれても免疫によって退治されるのですが、高齢になって免疫力が低下すると、がん細胞が成長しやすくなるのです。

犬の脳腫瘍とは

脳は体の司令塔で、生命活動を司っている非常に大切な臓器です。そのため髄膜という膜が脳を包み、さらにその外側を硬い頭蓋骨が覆うことで、柔らかい脳を衝撃から保護しています。犬の脳腫瘍は脳自体にできることもありますが、特に多いのは脳を包んでいる髄膜に腫瘍ができる 「髄膜腫」で、脳の表面にできるのが特徴です。

腫瘍には、成長スピードが速くて転移を起こす悪性腫瘍と、成長スピードがゆっくりで転移しない良性腫瘍がありますが、残念ながら犬の脳腫瘍は悪性腫瘍であることが多いです。脳にできた腫瘍が他の組織へ転移を起こすこともありますし、体の他の部分にできた腫瘍が脳に転移することもあります。

犬の脳腫瘍ではどんな症状が見られますか?

脳腫瘍の症状

脳腫瘍は初期症状が現れないことも多いため、気づいた時にはかなり進行してしまっているケースも少なくありません。病状が進行すると、さまざまな神経症状が現れるようになります。

腫瘍ができた場所によって症状は異なりますが、犬によく見られるのは痙攣発作です。体の一部がつっぱったようになったり、口をパクパクさせたり、発作が激しい時は全身がガクガク震えて意識が朦朧とすることもあります。

また、痙攣以外では以下のような神経症状が見られることがあります。

  • グルグル旋回するように歩き続ける
  • 立てない、ふらつく、歩き方に違和感が出る
  • 首が傾いて姿勢を保てなくなる(斜頸)
  • 眼球が揺れる(眼振)
  • 食事の飲み込みが困難
  • 性格の変化、行動異常
  • 視覚障害など

さらに脳腫瘍が進行すると・・・

脳腫瘍では多くの場合、腫瘍が大きくなっていくにつれて症状が現れる頻度や症状の程度が悪化していきます。発作が重症化しやすくなり、発生頻度も高くなることが多いです。視覚を失ってしまったり、最悪の場合には激しい発作が起きて止まらず、そのまま亡くなってしまうケースもあります。

また、腫瘍が大きくなると柔らかい脳は徐々に変形していきます。やがて脳圧が限界値を超えて高くなると、脳内の隙間に脳が入り込んでしまう「脳ヘルニア」という状態を引き起こし、一気に症状が悪化します。脳ヘルニアが起きた場所や程度によって異なりますが、最悪の場合数分〜1時間以内に命を落とすこともあります。特に、呼吸・意識・循環などの生命活動をコントロールしている「脳幹」が圧迫されると、意識障害・呼吸停止・血圧低下などを引き起こし、生命活動を維持することが難しくなります。

脳腫瘍に似ている病気

脳腫瘍では、痙攣や旋回などさまざまな症状が現れますが、似たような症状を示す別の病気の可能性もあります。脳腫瘍が原因で神経症状が現れている場合は、症状が徐々に悪化していくことが一般的です。

<脳腫瘍に似た症状が見られる病気>

  • 脳梗塞:血栓が脳内の血管につまり、発作や麻痺、旋回などの症状が現れます。
  • 認知症:脳神経や自律神経がうまく機能しなくなり、旋回や徘徊などが見られます。
  • 前庭疾患:平衡を司る前庭領域に障害が現れ、旋回、斜頸、眼振などの症状が現れます。
  • てんかん:脳内で異常な興奮が起き、痙攣、意識消失などの症状が現れます。
  • 脳炎:脳内へのウイルスや細菌の感染が原因となる感染性脳炎と、脳にしこり(肉芽腫)や壊死が起きることが原因となる非感染性脳炎があり、痙攣、起立困難などの症状が現れます。感染性脳炎では、発熱もみられます。
  • 低血糖:血液中のブドウ糖濃度が急激に低下し、震えや意識消失が起こります。
  • 肝性脳症:肝不全や門脈体循環シャントにより、本来肝臓で代謝されるべき毒素が脳に悪影響を及ぼします。震え(振戦)、運動失調、旋回、痙攣などの症状が特に食後に多くみられます。
  • 尿毒症:腎臓から排泄されるべき老廃物や毒素が、腎機能の低下によって体内に蓄積することで起こります。初期には食欲不振や嘔吐・口臭などの症状が見られ、進行すると痙攣や意識の混濁などの神経症状が現れます。

脳腫瘍ではどのような検査が必要ですか?

検査の流れについて

上記のような症状が現れたときは、まずは全身の状態を把握するために一般的な問診や触診、血液検査、尿検査、必要に応じてレントゲンやエコーなどの画像検査を行います。それに加えて、上記の症状が脳の異常によるものかどうかを調べるために、神経学的検査を行います。神経学的検査では、呼びかけに対する反応や歩き方、静止時の体のバランス、四肢の反射や反応、目の動きなど様々な項目をチェックしながらその子の状態を確認します。 ここまでの検査で脳に異常がありそうだと判断した場合は、CTやMRIによる精密検査に進みます。

多くの場合、MRIで脳腫瘍かどうか判断することができますが、中にははっきり確認できないケースもあります。そのような場合は一定の期間をあけてから再検査をすることになります。

麻酔のリスク

脳腫瘍かどうかを判断するだけでなく、その後の治療内容を決定する上でも精密検査は重要です。しかし、犬は検査中にじっとしていることができないので、精密検査をするときは全身麻酔が必要になります。全身麻酔には血圧低下や呼吸抑制などの副作用があり、副作用が大きく現れると呼吸ができなくなったり、腎機能や肝機能に障害が現れたり、最悪の場合心肺停止に陥ることもあります。これらのリスクは犬の年齢が上がると高くなり、脳に腫瘍があるとさらにそのリスクは高まります。そのため精密検査を受けるかどうかは、愛犬の年齢や状況もふまえてしっかり検討しましょう。

非常に大人しい性格の子であれば、麻酔なしでCT検査ができることもあります。不安なこと、わからないことがあるときは、検査の前にかかりつけの獣医師にきちんと相談しましょう。

脳腫瘍ではどのような治療が必要ですか?

手術で腫瘍を切除

手術で腫瘍を完全に切除することができれば完治が見込めます。完全に切除できないものでも、手術で腫瘍の容積を減らすことで正常な脳細胞への圧迫を和らげ、症状の改善が見込めるケースも少なくありません。

犬の脳腫瘍で最も多い「髄膜腫」は、脳を覆っている髄膜という膜にできるため、脳にできる腫瘍の中では比較的切除しやすいと言われています。しかし、脳の周囲には細かい血管や神経が張り巡らされていて、それらを傷つけないように切除する必要があるため、腫瘍を完全に取り切るのは難しいことが多いです。また、髄膜腫は脳底部と呼ばれる奥のほうにできることもあり、そうなると手術の難易度はさらに高くなります。

脳外科には特殊な器具や術者の知識・経験が必要となるため、脳腫瘍の手術ができる施設は限られていますが、最近は脳外科を行う動物病院が少しずつ増え、専門医を受診することで回復が見込めるケースも増えてきました。ただ、脳腫瘍は再発する可能性もあるので、手術のメリットとリスクを考慮し、しっかり検討する必要があります。

放射線療法

手術できないような場所に腫瘍があったり、手術だけで完全に取り切ることができない場合は、放射線療法を選択することもあります。放射線療法では放射能を腫瘍にピンポイントに照射してダメージを与え、がん細胞の増殖を抑制します。ただし、手術と違って一度だけの治療で終わるわけではありません。定期的な照射が必要な上、都度麻酔が必要となるケースも多いです。放射線治療の回数や頻度は施設によっても異なりますが、週5日、4週間で計20回の放射線照射を行う場合もあります。

抗がん剤を投与することも

抗がん剤が有効な脳腫瘍の種類は限られているため、一般的には抗がん剤治療が単独で行われることはほとんどありません。ただし、腫瘍がある場所によっては、ほかの治療法と併用して抗がん剤の投与が選択されることもあります。

緩和療法

愛犬の年齢や状況から、積極的な治療を希望されない飼い主さんもいるでしょう。そのような場合は、腫瘍によって現れる様々な症状を投薬などで和らげながら、愛犬のQOL(生活の質)を維持して、できるだけ穏やかに過ごさせてあげるという方法もあります。

炎症や浮腫を鎮めるためのストロイド剤や、脳圧を下げるための薬を使用することもありますし、脳腫瘍により脳内に異常な興奮が起きて、痙攣などの発作が繰り返し起きる場合は、脳の興奮を鎮めるために抗てんかん薬を投与する場合もあります。これらの薬は慢性的に飲み続けなくてはならないことが多いです。

目立った症状が現れていないケースでは、健康な子とあまり変わらない生活を送れることも多いので、そのようなときは特に処置はせず、経過観察ということにもなるでしょう。その時の状況に応じて必要な処置をしていくことになります。

脳腫瘍と診断された愛犬のためにできること

発作のケア

脳に腫瘍があると、発作を起こすことがあります。突然激しい症状が現れたら飼い主さんも動揺してしまうと思いますが、発作が起きている間は無理に揺さぶったり、大声で呼びかけたりしないようにしましょう。まずは飼い主さんが冷静になって、愛犬が発作中に怪我をしないよう、周囲のものを片付けてあげてください。また、可能であれば発作の動画を撮影しておくと、後で獣医師が診断する際の助けになります。痙攣発作を起こした時の対処法はこちらの記事で詳しく解説しているので、ぜひあわせてご覧ください。

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尚、脳腫瘍が進行して神経症状が重症化すると、緊急対応が必要になることもあります。以下のような症状が現れた時は、早急に動物病院へ連れていきましょう。

  • 発作が10分以上続く
  • 1日のうちに2回以上起こる
  • 意識が戻らないうちに次の発作が起こる

食事のケア

腫瘍の進行をできるだけ食い止めるためには、日々の食事にも気をつけてあげるとよいでしょう。がん細胞を抑制してくれる免疫の働きを助けるためには、栄養バランスの良い食事が必要です。手作り食は栄養バランスが崩れやすいので、いつも手作り食をしている方はこれを機に市販の総合栄養食も取り入れてみてください。また、がん細胞は糖質を好むため、クッキーやパン、ごはんなどの炭水化物が多く含まれているものをおやつにするのは避けましょう。

ガンが見つかった愛犬を支えるための食事については、こちらの記事で詳しく解説しています。ぜひ合わせてご覧ください。

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最後に

犬の脳腫瘍は治療が難しく、特に高齢になると飼い主さんがしてあげられることも限られてくるので、もどかしい思いをすることもあるでしょう。ただ、愛犬のことを一番理解しているのは今までずっと一緒に過ごしてきた飼い主さんです。家族みんなでしっかり話し合い、愛犬にとって最適な方法を見つけてあげてください。