【シニア犬に多い乳腺腫瘍】手術やケアの仕方を獣医師が詳しく解説◎

乳腺腫瘍は避妊手術をしていないシニア犬に多く見られます。乳腺腫瘍は手術で切除するのが理想ですが、愛犬が高齢だとなかなか手術に踏み切れない飼い主さんも多いと思います。手術以外の治療法はあるのでしょうか?手術をしないとどうなるのでしょうか?ここでは犬の乳腺腫瘍について、日本獣医がん学会の認定医である吉田先生に詳しくお話を伺います。

犬の乳腺腫瘍とはどんな病気ですか?

乳腺腫瘍は乳腺にできる腫瘍の一つです。皮膚表面近くの、毛の少ない部位にできるため、飼い主さんがなでているときにしこりを発見したり、トリミングの際に見つかったりするケースが多いです。

そもそも腫瘍とは

犬の体は無数の細胞からできています。全ての細胞は必要に応じて分裂しながら増殖していきますが、稀に突然変異を起こして異常な細胞(腫瘍細胞)が生まれることがあります。この異常な細胞は体の指令を無視して無秩序に増殖し続け、やがて健康な臓器や骨を圧迫したり、破壊するようになります。こうしてできた異常細胞の塊を腫瘍と言います。

通常、腫瘍細胞が生まれても免疫によって退治されるのですが、高齢になって免疫力が低下すると、腫瘍細胞が成長しやすくなるのです。

乳腺腫瘍ができる原因

乳腺腫瘍は避妊手術をしていない、かつ子どもを産んだことがないメスのシニア犬に多いことがわかっています。これは、乳腺の細胞が分裂・増殖する際、女性ホルモンの影響を受けると腫瘍化しやすくなるためと言われています。早期に避妊手術を受けておくと、女性ホルモンの影響が少なくなるため、発症率が下がるのです。

避妊手術を受けていないメスが乳腺腫瘍を発症する確率は25%、初回発情前に避妊手術をすると発症率は0.05%にまで低下するという報告もあります。

犬の乳腺腫瘍は悪性と良性、どちらが多いですか?

良性腫瘍と悪性腫瘍の違い

腫瘍には良性と悪性があり、悪性の腫瘍のことをガンと言います。悪性腫瘍には三つの特徴があります。

  • 体の命令を無視して、止まることなく勝手に増え続ける。(自律性増殖)
  • 大きくなるとき、周囲の細胞に滲み出るように広がる。そして体のあちこちに転移し、次々に新しいがん組織を作っていく。(浸潤と転移)
  • 正常な細胞が必要としている栄養を奪い取って成長するため、体が衰弱する。(悪質液)

良性腫瘍は、悪性腫瘍と同じように止まることなく勝手に増え続けますが、増殖スピードがゆっくりで、「②浸潤と転移」と「③悪質液」がないのが特徴です。

乳腺腫瘍における良性と悪性(乳がん)の割合

犬の乳腺腫瘍には良性と悪性どちらもあり、悪性のものを「乳癌」と言います。乳癌にも悪性度の高いものと低いものがあり、その割合は良性腫瘍が50%、悪性度の低い乳癌が25%、悪性度の高い乳癌が25%と言われています。

悪性度の低い乳癌は進行スピードが比較的ゆっくりで、転移を起こすことも少ないです。つまり、乳腺腫瘍のうち75%は、早期に手術をして腫瘍を切除すれば完治が見込めるということになります。

悪性の乳腺腫瘍(乳がん)と転移について

犬の乳腺は左右5か所、計10か所に存在しています。悪性の乳腺腫瘍は症状が進行すると、脇の下や後ろ足の付け根など、近くにあるリンパ節に転移し、さらにそこから腹部のリンパ節や肺など全身に転移していきます。転移した場所や度合いによって異なりますが、転移が起きてしまうと積極的治療をしても経過がよくないことが多く、肺に転移してしまった場合の余命は半年以内と言われています。

犬の乳腺腫瘍ではどのような検査が必要ですか?

必要な検査

乳腺のあたりにしこりがあったら、まず乳腺腫瘍を疑います。いつからしこりがあったのか、避妊手術はしているかなど、問診で飼い主さんから話を聞きながら、触診で他にしこりや気になる症状がないか見ていきます。

中には、腫瘍ではなくただのイボなこともあります。イボであれば特に処置は必要ありませんが、見た目だけでイボか腫瘍かを判断するのは難しいです。そのため、しばらく定期的な通院をしてもらってイボの様子を観察したり、しこりに細い針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で細胞の状態を確認する「細胞診」を行うこともあります。細胞診で悪性腫瘍に特徴的な様子が見られたら、悪性の乳腺腫瘍と仮診断をします。

また、リンパ節や肺への転移の有無を調べる目的で、リンパ節の細胞診や胸部レントゲン、超音波などの画像検査をすることもあります。

悪性か良性か、手術前には確定できない

細胞診ではそのしこりが良性か悪性か、断言することはできません。「おそらく悪性だろう」というところまでしかわかりません。ただ、ある程度あたりをつけることで治療方針を決めることができますし、乳腺腫瘍なのかそれとも別のなのかを判定することもできるので、細胞診をすることは大切なのです。そして、細胞診の結果と以下の情報から、悪性か良性かの仮診断をして、治療方針を固めます。

  • 腫瘍の大きさ:できた腫瘍のサイズが大きいほど悪性の可能性が高くなります。腫瘍の大きさが3cm以上だと悪性が疑われます。ただし、良性腫瘍でも長期間放置していると大きくなるため、腫瘍の大きさだけで一概に良性か悪性かは判断できません。
  • 腫瘍の成長スピード:悪性腫瘍は、良性腫瘍よりも増殖のスピードが早いことが特徴です。例えば、1年で2cm大きくなった腫瘍より、1か月で2cmになった腫瘍の方が、悪性度は高いと考えられます。しこりを見つけたのはいつか、どのくらいのスピードで大きくなったか、できるだけ詳しくかかりつけの獣医師に伝えてください。

手術後の病理検査も重要

腫瘍の場合は手術の後に行う病理検査も非常に重要です。手術で摘出した組織を病理検査にかけることで、しこりが良性なのか悪性なのか、手術での取り残しがないか、正確に判断することができます。また、転移があるかどうかの判断材料にもなるので、病理検査はその後の治療方針を決める上でも非常に大切な検査なのです。

乳腺腫瘍はどのように治療するのでしょう?

手術で切除するのが基本

乳腺腫瘍が見つかったら、手術で切除するのが基本です。腫瘍が悪性の場合でも、腫瘍が小さく、転移もしていなければ手術だけで完治が見込めるでしょう。大きさが1cm未満の初期の乳癌なら、手術後の長期生存率は100%と言われています。ただし、腫瘍のサイズが大きくなると生存率は低下し、大きさが1~3cmで長期生存率は80%以下、3cm以上になると長期生存率は60%以下と報告されています。

なお、手術をする際、一緒に避妊手術をすることもあります。他の乳腺に腫瘍ができるのをある程度防ぐことができますし、シニア犬で発症リスクの高まる子宮や卵巣の病気を予防することもできます。

良性なら手術しなくてもいい?

残念ながら、そのしこりが良性かどうかは、手術をして切除した組織を病理検査にかけてみないと正確にはわかりません。また、乳腺腫瘍には良性と悪性の他に、悪性と良性の細胞が混じったものも存在します。細胞診(針を指して細胞を取る検査)では腫瘍組織の一部の細胞しか確認できないため、その細胞が良性の可能性が高くても、腫瘍全体が良性であるとは断言できないのです。さらに、良性の腫瘍を放置していると悪性に変わることもあるので、可能であればできるだけ早く手術で取り切ってあげるのが理想です。

手術の範囲と再発について

乳腺腫瘍の手術には大きく分けて3つあります。

  1. 腫瘍がある部位だけ切除する
  2. 腫瘍と一緒に周囲の乳腺も切除する
  3. 片側あるいは両側の乳腺を全摘出する

腫瘍が1cm未満の小さな場合は、腫瘍だけを切除する手術(①)が適応となるケースが多いです。一方、乳腺腫瘍が複数あったり、再発を繰り返すような場合には乳腺を全摘出することもあります。

切除範囲が狭いほど傷が小さく、体にかかる負担を抑えることができますが、乳腺が残っていると将来そこに新たな腫瘍が発生するリスクもあります。また、悪性腫瘍を完全に取り切れていないと再発する恐れがあるので、なるべく広範囲で切除したほうが再発のリスクは少なくなります。ただ、広範囲で切除するとその分傷口が大きくなるため、体にかかる負担や術後の痛みは大きくなります。

愛犬の年齢や状況によって、どのような手術がその子にとって最もいい処置なのか分かれるところです。治療方針を決めるときはかかりつけの獣医師にしっかり相談して、飼い主さんが納得できる方法を選びましょう。

手術後の検査と入院について

手術後は入院して経過を見ながら、摘出した腫瘍の病理検査の結果を待ち、良性か悪性か確定してから今後の治療方針を決めていきます。病理検査の結果によって、腫瘍が完全に取り切れていないことがわかった場合には、再度手術をしてより広い範囲を切除することになります。すでに転移してしまっている場合には、残った腫瘍を小さくしたり進行を遅らせる目的で、抗がん剤を投与したり放射線治療を行うこともあります。

入院期間は傷の大きさにもよりますが、腫瘍だけの切除や周囲乳腺の摘出であれば1〜2泊ほど、乳腺の全摘出であれば1週間ほどになります。また、退院後も再発や転移の有無を確認するため、数か月ごとに受診し、検査を受ける必要があります。

手術しないとどうなるのでしょうか?

もしも腫瘍が良性だったとしても、手術をしないでそのままにしておくと悪性に変わることもあります。良性のうちは増殖のスピードが緩かったものが、悪性になった途端、急激なスピードで大きくなり、リンパ節やさまざまな臓器に転移するようになるでしょう。

また、乳腺腫瘍は進行すると、良性であっても悪性であっても、歩く時に床に擦れるほど大きくなることがあります。ここまで大きくなると、腫瘍が内側から破裂して崩れ(自壊)、においの強い液体が出てくることもあります。自壊するようになると痛みや出血が現れ、犬自身が気にするようになったり、食欲が低下したりして、QOL(生活の質)は大きく低下してしまいます。また、異臭のする液体が色々な場所に付着するようになるため、飼い主さんの負担も大きくなるでしょう。

とはいえ手術できないケースもありますよね?

高齢犬と手術

手術をするときは全身麻酔が必要になります。全身麻酔は血圧低下や呼吸抑制などを引き起こすことがあり、中には呼吸ができなくなったり、最悪の場合心肺停止に陥ることもあります。こういった麻酔のリスクに対する不安から、「シニア犬は手術できない」と考えられる方も多いでしょう。

ただ、犬の乳腺腫瘍のうち、75%は手術によって完治が見込める病気です。腫瘍の切除は症状の進行を食い止め、再発のリスクを減らすことにも繋がるので、体調に問題がないのであれば、たとえ高齢であっても手術が推奨される場合もあります。腫瘍が大きくなったり、状態が悪化してから手術をするよりは、できるだけ早めに手術をしてあげる方が、犬の体にかかる負担を最小限に抑えることができるでしょう。

手術をする際は、事前の検査で全身状態をチェックしたり、点滴などで体調をできる限り良い状態に導いたりと、麻酔のリスクを最小限に抑える処置を行います。手術を受けさせるべきか悩んだときは、かかりつけの獣医さんにしっかり相談しましょう。不安や疑問を感じたときは、飼い主さんが納得できるまで聞くといいです。それでも不安が残ったときは、セカンドオピニオンを頼るのもおすすめです。

他の持病がある場合

手術で腫瘍を切除できたらいいのですが、どうしても手術が難しいというケースもあります。麻酔薬を使うと心臓や肝臓、腎臓に負担がかかるため、心臓病や肝臓病、腎臓病などの持病があったり、全身状態が著しく悪いときには、手術以外の治療法を選択することもあります。

すでに転移がある場合

リンパ節や肺へ転移していると、手術だけで腫瘍組織を完全に除去することはできません。手術しても完治させることは難しいので、犬の体力を考えて手術しないという選択肢もあるでしょう。ただ、手術しないと乳腺腫瘍はどんどん大きくなっていき、やがて自壊(破裂)したり、強い痛みが出てくるようになります。そういった症状を予防する目的で、手術が薦められることもあります。

全身に転移している場合は抗がん剤治療を行うこともありますが、残念ながら乳腺腫瘍に抗がん剤はあまりいい効果が見込めないため、抗がん剤治療を選択すべきかどうかはかかりつけの獣医師としっかり相談して決めましょう。

炎症性乳癌

犬の乳腺腫瘍の中でも、特に悪性度が高い「炎症性乳癌」の場合は手術しないケースが多いです。これは、周囲に広がる力が強く、強い炎症や痛みを伴うやっかいな乳癌で、手術をしてもすぐに再発する確率が非常に高いです。また、手術の後にさらに激しい炎症を起こして、傷が治りにくいことから、手術をしないで緩和ケアをしてあげることが多いです。

積極的な手術ができないときはどのような治療になりますか?

乳腺腫瘍の痛みについて

積極的な手術ができない場合は、できるだけ犬のQOL(生活の質)を維持するための治療を行います。幸い、乳腺腫瘍は大きくなって自壊(破裂)したり化膿したりしない限り、特に痛みは現れないようなので、今までと変わらない生活を送ることができるでしょう。犬自身も気にしていないことが多いので、そのようなときは経過観察となります。

ただし、腫瘍が大きくなって自壊するようになると、犬も気にしてなめてしまったり、自壊した箇所から細菌感染を起こして化膿したり、痛みが出るようになります。また、腫瘍が進行して骨に転移をしたときも、痛みが出るようになります。

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簡易手術をすることも

自壊(破裂)を繰り返す、化膿している、腫瘍が大きすぎて引きずってしまうなどの場合には、腫瘍の減量を目的とした簡易手術を行うことがあります。

「手術ができないから困っているのに…。」と思われるかもしれませんが、この場合の手術は腫瘍を完全摘出するための大掛かりなものではなく、自壊している箇所だけを取り切るためのものです。必要最低限の範囲を切除するだけなので、その分手術時間が短く、傷口も最小限で済みます。体への負担はかなり抑えられるでしょう。乳腺腫瘍が大きくなってQOL(生活の質)が著しく低下しているような場合には、高齢犬であっても心臓病などの持病があっても、簡易手術が推奨されることもあります。

簡易手術が難しい場合

簡易手術すらも困難な場合には、自壊(破裂)した場所を手当てしながら、できるだけ痛みが出ないようケアしてあげる必要があります。化膿している場合には抗生剤や痛み止めを投与したり、皮下点滴などでできる限り苦痛を取り除いてあげます。

病気の進行を遅らせる目的で抗がん剤を投与することもありますが、残念ながら乳腺腫瘍は抗がん剤の効果があまりよくありません。抗がん剤治療をすべきかどうかは、かかりつけの獣医師としっかり相談してから決めましょう。

自宅ではどのようにケアしたらいいでしょうか?

自壊(破裂)がみられないとき

腫瘍が自壊しておらず、犬自身が元気そうにしているときには、特別なケアは必要ありません。免疫を高めるためにバランスのよい食生活を心がけ、できるだけストレスを与えないようにしましょう。腫瘍のサイズがそこまで大きくなく、床に擦れたりしないのであれば、ガーゼ等で覆ったりせず、そのままにしておきましょう。

ただし、伏せをしたり歩いているときに床についてこすれてしまうような場合は、洋服で保護してあげるといいでしょう。負担を軽減するために、寝床のクッションを柔らかくしてあげるのもおすすめです。

自壊(破裂)したときは清潔さを保って

腫瘍が大きくなって自壊してしまった場合には、清潔な状態を保つよう心がけましょう。膿や血、滲出液などの液体が出てきたら、患部を清潔な状態にしてからガーゼなどで保護します。

自壊した箇所から出てくる液体はベタベタしていることが多いので、うまく拭き取れないときは生理食塩水で洗浄するのがおすすめです。生理食塩水は動物病院やドラッグストアなどで購入できますが、お家でも簡単に作れます。500mlの水を10分間沸騰させたのち、人肌まで冷まし、食塩4.5gを溶かしたら完成です。

ガーゼをつけっぱなしにしておくのはよくないので、最低でも1日に1回は患部を洗浄するようにしましょう。傷口をきれいに洗ったら、こびりついた膿などをガーゼで取り除き、軟膏を塗ってガーゼで覆います。その上から、洋服やマナーベルトなどで固定して保護してあげてください。

ガーゼを固定するときはきつく締めすぎないよう気をつけて。ゴムや伸縮テープなどできつく締め付けてしまうと、組織が圧迫され壊死することがあります。かかりつけの獣医さんにやり方を教わってから処置するようにしましょう。

最後に

犬の乳腺腫瘍は手術で摘出することが理想ですが、手術できない子たちにもしてあげられることはあります。愛犬にとってどの治療が最適なのか、愛犬のことを一番よくわかっている飼い主さんがしっかり考えてあげてください。不安なこと、わからないことがあるときは、かかりつけの獣医師に相談して、飼い主さんが納得できる治療法を探しましょう。