犬の腫瘍はときに破裂することがあります。犬の腫瘍が破裂する原因や破裂したときの症状、治療法などついて、日本獣医がん学会に所属されている獣医師の福永先生にお話を伺いました。
犬の腫瘍について
そもそも「ガン」とはどういうものなのでしょうか?
犬の体は無数の細胞からできています。健康な細胞は体を成長させるためだったり、寿命を迎えた細胞に置き換わるために成長しますが、稀に細胞が突然変異してがん細胞が生まれることがあります。通常、がん細胞は免疫機能によって排除されますが、免疫をすり抜けて成長すると、体の命令を無視してどんどん増殖するようになります。そうして形成されたがん細胞の塊が「ガン(悪性腫瘍)」です。
がん細胞はどうやって成長するのですか?
がん細胞は健康な細胞と同じく、血液中の栄養を吸収して成長します。そして、より効率よく栄養を取り込むために、新たに血管を作り出すことがあります。これを「血管新生」と言います。悪性腫瘍ではこの血管新生がさかんに行われるケースが多いです。その結果、血管組織が豊富なガンができあがり、本来健康な細胞に届けられるはずの栄養を奪ってどんどん成長するようになるのです。
さらに厄介なことに、ガンはこの血管新生によってできた血管を介してほかの組織に転移すると考えられています。
犬の腫瘍は破裂することも
腫瘍が破裂する原因を教えてください
ガンが大きくなったり、内部に分泌物が溜まるようになると、腫瘍の内圧が上がって破裂しやすくなります。ガンの進行によって周囲の組織が脆くなっていると、さらに破裂しやすいです。
また、悪性腫瘍によって引き起こされる血液凝固系の異常も、ガンの破裂を招く要因の一つ。血液には、血管が破れたときに血餅という血の塊を作り、自ら止血する働き(血液の凝固作用)があるのですが、ガンのせいでこのシステムがうまく働かなくなると、出血しやすくなったり、反対に体内で血栓ができやすくなったりします。そうして腫瘍組織が圧迫されると、破裂してしまうのです。
他にも、腹腔内など外部からの圧迫を受けやすい位置にできた腫瘍は、打撲などの衝撃によって破裂することがあります。
腫瘍が破裂するとどうなるのでしょうか?
腫瘍が破裂すると痛みや出血が現れることが多いですが、腫瘍の発生部位や病状の進行具合などよって症状は異なります。
例えば、腹腔内にできた腫瘍が破裂すると、腹痛や食欲の低下、元気の消失などが見られます。破裂して出血が起きると血圧が低下しますし、出血量が多いとお腹に血液が溜まってショック状態に陥ることもあります。また、肝臓や脾臓、卵巣などにできたガンが破裂すると、ほかの組織に飛び散って転移し、ガンがさらに広範囲に広がることもあります。 一方、皮膚にできた腫瘍が破裂したときは、出血が止まりにくくなったり、化膿してしまったりを繰り返しますが、それ以外の組織へ転移するケースは稀です。
破裂しやすい腫瘍はありますか?
一般的に悪性腫瘍は増殖スピードが早いので、破裂のリスクは高いと言われています。腫瘍のできる場所でいうと、脾臓、肝臓、卵巣は腹腔内での破裂のリスクがあります。中でも、「脾臓の血管肉腫」「肝臓の肝細胞癌」は、犬の腹腔内で破裂を起こしやすい悪性腫瘍の代表例です。
腫瘍の状態でいうと、成長して大きくなっているものや血管新生に富んでいるものは破裂や出血のリスクが高いです。血液凝固系に異常が出ている場合はさらに出血のリスクが高まります。
また、破裂という表現とは異なりますが、胃腺癌や消化器型リンパ腫などのような消化管にできた腫瘍は、進行すると「穿孔(消化管に穴が開く)」を起こす可能性があります。皮膚にできた腫瘍も、進行すると破裂して潰れる(自壊)可能性があります。
腫瘍が破裂したときの治療について
腫瘍が破裂してしまった後では治療が困難になるケースが多いため、破裂する前に治療をすることが大切です。ここでは、腫瘍が破裂してしまったときの治療について解説します。
どのような検査が必要になるのでしょう?
腫瘍の破裂が疑われる場合、まずは血液検査で全身の状態を把握すると同時に、レントゲンやCTなどの画像検査をして、ほかの組織への転移はないか、手術で切除することが可能かどうかを判断します。 ほかの組織へ転移していることに気づかずに手術をしてしまうと、全身麻酔や手術によって命を縮めてしまう可能性もあるので、手術前の検査はとても重要です。
ただし、検査内容によっては検査の段階で麻酔が必要になることもあります。高齢になると検査前の麻酔が体に大きな負担をかけることもあるので、愛犬が高齢の場合にはどこまで検査をするのか、どこまで治療をするのか、かかりつけの獣医さんとしっかり相談するようにしましょう。
治療ではどんなことをするのでしょうか?
腫瘍の種類にもよりますが、肝臓・脾臓・胆嚢・卵巣など、腹腔内にできた腫瘍が破裂すると、早急に手術が必要となるケースが多いです。特に、脾臓の腫瘍が破裂すると、腹腔内に大量の出血が起こり、お腹に血液が貯まるようになります。ショック状態に陥って命を落とす危険性があるため、そうなった場合は緊急手術が必要とります。また、皮膚にできた腫瘍が破裂したときも手術で取り除くことが推奨されます。
手術の後は「組織病理検査」を行います。手術で切除した腫瘍の形や細胞の様子などを顕微鏡で調べ、悪性度やステージを判定します。これはとても重要な検査で、再発リスクがあるかどうか、術後どのような治療法をすればよいか、腫瘍がきちんと取り切れているかどうかなどを詳しく確認することができます。
腫瘍が破裂した後の見通しについて
腫瘍が破裂した後にどのような経過をたどるかは、腫瘍の種類や腫瘍ができた場所、そのときの状況によって大きく異なります。例えば、皮膚にできた腫瘍が破裂した場合、すぐさま生命の危機に直結するわけではありません。ただし、放っておいても自然に治ることは少なく、破裂や出血を繰り返す可能性があるので、その子の状態を見ながら早めに手術した方が良いケースが多いでしょう。
腹腔内の腫瘍が破裂したときは、状況によってかなり見通しが異なります。転移がなく、破裂した腫瘍を手術で取り切ったり、腫瘍細胞が飛び散った可能性のある部分を切除や洗浄することができれば、再び元気に過ごせるようになる場合もあります。しかし、腫瘍の破裂によって大量出血が起きているときは非常に危険な状態となります。早急な治療が必要となりますが、残念ながら治療の甲斐なく命を落としてしまうケースも少なくありません。ただ、まれに破裂した部分が癒着して、一時的に出血が止まることもあり、そのようなケースでは安静と対症療法で経過観察となることもあります。 いずれにしても、破裂を起こす前に、治療を開始することが重要です。
最後に
愛犬に腫瘍が見つかったとき、飼い主さんは大きな不安の中で、様々な選択を迫られることになりますよね。わからないことや不安なことがあるときは、ぜひかかりつけの獣医さんとしっかり相談してください。飼い主さんが納得できる、愛犬にとって最適な治療法を見つけられるといいですね。