老犬が甘えるのは年齢のせい?それとも分離不安?対策を獣医師が解説

若い頃は平気だったのに、年を取ってから愛犬がお留守番嫌いになったような…。そんな風に感じている飼い主さんもいるのではないでしょうか?愛犬が年を取ってから、お留守番中に粗相をするようになったり、物を壊すようになったら、それは分離不安の症状かもしれません。ここでは動物の行動治療を専門にされている獣医師、菊池先生にお話を伺います。

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老犬は若い頃に比べて甘えることが多くなりますよね?

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シニア犬は体力が衰えたり、視覚や聴覚が低下したりして、今まで自分でできていたことが少しずつできなくなっていきます。また、病気にかかりやすくなったり体調の優れない日が増えて、不安やストレスを感じやすくなります。そんな状況で信頼できる飼い主さんの存在はとても心強く、今まで以上にくっついてくることが多くなったり、甘えることが多くなったりするのでしょう。ただし、中には分離不安という心の病気が原因となっているケースもあるので注意が必要です。

の分離不安とはどのような病気なのでしょうか?

分離不安は心の病気の一つです。飼い主さんがいないことに極度の不安を感じ、さまざまな問題行動を起こすようになります。シニア犬が分離不安になることは珍しいことではないので、シニア犬の飼い主さんは分離不安という病気があることを、ぜひ知っておいてください。

分離不安の症状

分離不安になった犬は、単に甘えたりわがままを言っているわけではありません。飼い主さんから離れることに強いストレスを感じているため、できるだけ早めに適切なケアをしてあげる必要があります。以下のような行動が見られる場合は分離不安になっている可能性がありますので、ぜひ一度チェックしてみてください。

  • 飼い主さんが留守の間、部屋をめちゃくちゃに散らかす。または物を壊す。
  • 飼い主さんが留守の間、トイレ以外の場所で排泄する。
  • 飼い主さんが留守の間、下痢や嘔吐などの体調不良を引き起こす。
  • 飼い主さんが留守の間、自分の手足を噛むなどの自傷行為をする。
  • 飼い主さんが出かけた後、ずっと吠え続ける。
  • 飼い主さんが帰宅した時、おしっこを漏らすほど喜ぶ。
  • 家のどこにでもついてこようとする。
  • 寝室を分けている場合、夜鳴きがひどくなる。

分離不安が悪化すると、トイレやお風呂などで飼い主さんの姿が見えなくなるだけでパニックに陥ることもあります。

老犬は分離不安になりやすい

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老犬になると目が見えにくくなり、耳が聞こえにくくなります。今までできていたことが徐々にできなくなっていくことに不安を感じる犬も多く、年を取ってから分離不安に陥るケースは少なくありません。また、老犬は体調不良を引き起こすことも多いです。お留守番中に体調を崩してしまうとお留守番のイメージが悪くなり、それをきっかけに分離不安になることもあります。

ちなみに、シニア犬以外では、以下のような犬が分離不安になりやすいと言われています。

  • 飼い主が何度か変わる。(保護犬に多い)
  • 過去、お留守番中に怖い経験をした。
  • 飼い主さんに溺愛され、飼い主さんと犬が強い共依存で結ばれている。

分離不安かどうかを見分けるために

分離不安を発症すると、多くの場合、飼い主さんが外出してから30分以内に、次のような症状が現れます。

  • クーンクーンと鼻を鳴らす
  • 遠吠えをしたり吠えたりする
  • 物を壊す
  • 不適切な排泄
  • 涎を垂らす
  • ブルブル震える
  • 同じところを歩き回る
  • 旋回するように歩き続ける
  • 扉の前でピョンピョン飛び続ける

飼い主さんが外出してからこうした行動が始まることもありますし、飼い主さんが外出の準備をしている時から始まることもあります。そして、これらの行動は飼い主さんが帰宅するまで続きます。飼い主さんが外出の準備をしている間だけ大騒ぎして、外出後は落ち着いて過ごせているようなら、分離不安ではありません。

「もしかしてうちの子、分離不安かも?」と思った時は、お留守番中の様子を動画で撮ってみてください。愛犬の様子を確認することができますし、自分で判断できない場合には、その動画を行動治療専門の獣医師にに見てもらうことで分離不安かどうか見極めることができます。専門の獣医師に相談すべきかどうか悩んだ時は、まずかかりつけの獣医師に相談してみるといいですよ◎

犬が分離不安になる原因を教えてください

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分離不安の原因① 生活環境の変化

犬はもともとルーティーンを好む生き物ですが、年を取ると若い頃以上に環境の変化が苦手になります。引っ越しで生活環境が大きく変わったり、飼い主さんの就職や転勤で急にお留守番が増えたり、結婚や出産で家族構成が変わることは、シニア犬にとって非常に大きなストレスです。

もともと年齢による不安が大きくなっているところにストレスを感じてしまうと、それをきっかけに分離不安を引き起こすことがあります。老犬のストレスについてはこちらの記事で詳しく解説しているので、合わせて読んでみてください。

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分離不安の原因② お留守番中に嫌な体験があった

お留守番中に怖い経験をしたり、嫌な思いをしたりすると、それを引き金に分離不安になることもあります。ひとりでお留守番をしている時に地震や雷などで怖い思いをした、お留守番中に体調を崩してしんどい思いをしたなど、そうした経験がお留守番のイメージを悪化させ、ひとりになることを極端に怖がるようになります。

分離不安を予防するためにできることはありますか?

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愛犬が高齢になったら、今まで以上に気をつけて様子を見守ってあげるのが基本です。しかし、だからといって愛犬につきっきりでいると、離れた時のストレスがどうしても大きくなってしまいます。できるだけ意識して距離を取るようにしてみましょう。信頼できる預け先に定期的に預けるのもいいですし、自宅にいるときに別室で過ごす時間を作るのもおすすめです。

「マテ」をきちんとできるようにしておくことも、分離不安の予防に繋がります。「マテ」と言って別室に行き、愛犬が寂しがる前に戻る練習をしておきましょう。その際、飼い主さんと離れることに対していいイメージがつくよう、大好きなおやつを知育トイやノーズワークマットなどに忍ばせておき、愛犬が夢中になっている間に離れるようにしましょう。

愛犬が分離不安になってしまったらどうしたらいいですか?

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できるだけ早めにかかりつけの動物病院へ

愛犬の様子に違和感を感じたら、できるだけ早めに動物病院を受診しましょう。分離不安は放置すると悪化してしまうことがあります。また、シニア犬の場合は認知症やその他の疾患の可能性もありますから、早期に対処してあげることが大切です。

悪さした犬を叱らないで

外出先から帰ってきたときに愛犬が粗相したり、お部屋のものを壊したりしていても、絶対に叱らないでください。叱られることでお留守番のイメージがさらに悪くなり、分離不安が悪化してしまう可能性があります。また、粗相したことを叱ると、トイレを無理に我慢して膀胱炎になってしまうこともあります。何事もなかったかのようにササッと片付け、普段通りに接するようにしましょう。

薬やサプリで不安をやわらげることも

分離不安の治療では、抗不安薬を処方されることもあります。また、不安を和らげるサプリメントもあるので、興味がある方はかかりつけの獣医師に相談してみるとよいでしょう。ジルケーン、PE-GABA粒、アンキシタンなどのサプリメントは、実際に分離不安の行動治療でも使用します。ただし、薬やサプリメントはあくまで治療の補助として使うもの。愛犬の不安を和らげるためには飼い主さんによるケアが何よりも大切です。

愛犬が分離不安になったら、自宅ではどのようなケアが必要ですか?

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分離不安になってしまった犬は非常にナーバスになっています。まずは「ひとりにしないで」という愛犬の気持ちをしっかりと受け止めてあげましょう。ここでは、愛犬のストレスを和らげるために飼い主さんができることをご紹介します。すでに分離不安になってしまった犬のケアをすることもできますし、分離不安を発症していない犬の場合もストレスを和らげ、分離不安になるのを予防することができます。

自宅での対策① お留守番カメラの設置

まず、愛犬が年を取ったら分離不安の可能性があってもなくても、お留守番カメラを設置しましょう。お留守番カメラを設置しておくと、外出先でもスマホからお留守番中の愛犬の様子を確認することができます。愛犬が体調不良に陥っているときも早めに気付くことができるので、シニア犬のいるお家はぜひ活用してください。

そして、分離不安は飼い主さんがいないときに症状が出るため、飼い主さんが気づけないこともあります。分離不安になった犬が飼い主さん不在の間ずっと吠え続け、近隣の人から指摘されて初めて、飼い主さんが気付けたケースもありました。

分離不安になった犬は飼い主さんの不在が大きなストレスになります。もし発症してしまったとしても、できるだけ早く飼い主さんが気付いてあげられるよう、お留守番カメラを設置しておくことをおすすめします。

自宅での対策② 生活環境を見直して

年齢とともに視力が低下しても、犬は慣れ親しんだお家の中であれば大体どこに何があるか記憶しています。しかし、慣れない場所に物が置いてあるとぶつかってしまいますし、予期せぬ出来事に怖い思いをすることになるでしょう。愛犬の視力が落ちてきたら、部屋のレイアウトを変えたり通り道に物を置いたりするのはやめてください。

また、足腰が弱くなってふらつくようになると、家具の角にぶつかってしまうこともあります。ぶつかっても痛い思いをしないよう、家具の角を緩衝材で覆うなどの対策も必要です。こちらの記事を参考にしながら、愛犬のための環境を整えてあげましょう。

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自宅での対策③ 音楽やテレビをつけておくのも効果的

お留守番をさせるとき、犬がリラックスできる音楽をつけておくのもおすすめです。YouTubeなどで、犬が安心して眠りにつける音楽が配信されているので、お出かけするときは流してあげてください。

<犬がリラックスできる音楽>

また、在宅中にテレビをつけっぱなしにしているお家では、飼い主さんが外出するときもテレビをつけておくとよいでしょう。大きすぎない適度な音量に調節し、お留守番の環境を心地よいものにしてあげてください。

自宅での対策④ 安心できる場所を作る

お家の中に愛犬が安心して過ごせる場所はありますか?お気に入りの場所を作ってあげることは、怖がりな犬にとって大きな安心材料となります。サークルの中でごはんを与えるなどして、サークルを好きになってもらうのもおすすめ。ひとりでもここにいれば安心、という場所があれば分離不安の予防になります。

自宅での対策⑤ 外出時・帰宅時は冷静に

お出かけをするとき、愛犬を置いていく後ろめたさから「ごめんね…。待っててね。」と悲しそうに声をかけたり、不安そうな雰囲気を出したりしていませんか?愛犬の不安を煽るような口調や態度はお留守番のイメージを悪くしてしまいます。

帰宅時に大きな声で愛犬を呼んだり、思いっきり可愛がったりすることもNG。そうした行為は愛犬を興奮させ、分離不安を引き起こしやすくなります。大切なのは、さりげなく外出して静かに帰宅することです。「飼い主さんが出かけるのは当たり前、なにも特別なことではない。」と犬が受け入れることで、落ち着いてお留守番できるようになります。

また、お留守番の印象をよくするために、お出かけする際にごはんやおやつを与えるのもおすすめです。出かける直前に準備し、愛犬が食べている間にそっと出かけましょう。ただし、飼い主さんの外出後、食べ物を喉に詰まらせたりすることがないよう、食べやすいものを選んでください。

自宅での対策⑥ 外出前はしっかりお散歩

お留守番の前にしっかり運動しておくと、犬は心地よい疲労から飼い主さんがいない間にぐっすり眠ることができます。外出前にお散歩に連れて行ったり、おうちの中で遊んだりして、適度に体を動かしてあげましょう。

ただし、お留守番直前に体を動かして興奮状態に陥ってしまうと、逆効果になることもあります。家を出る30分前には運動をやめ、愛犬がリラックスした状態になってから出かけるようにしましょう。

分離不安を解消するためにできることはありますか?

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愛犬が分離不安になってしまったら、分離不安を解消するためのトレーニングが非常に大切です。上記で解説した「自宅での対策」に加え、ぜひトレーニングも取り入れてあげてください。

トレーニングをする上での注意点

愛犬の分離不安を解消するためには、焦らないことが肝心です。じっくり時間をかけて、愛犬の不安を取り除いてあげましょう。分離不安が解消できるまでの時間は個体差がありますが、このトレーニングができるようになるまで、少なくとも1ヶ月程度はかかると考えておいてください。

トレーニングの期間中は長いお留守番をさせないように注意しましょう。どうしても長時間の外出をしなければならないときは、老犬ホームのデイケアサービスを利用する、ペットシッターを依頼する、知り合いに預かってもらうなどの工夫をして、できるだけ愛犬がひとりになる時間を作らないようにしましょう。

おうちでできるトレーニング

それでは、実際のトレーニング方法についてご説明します。

  1. 外出の準備をします。
  2. ドアノブに手をかけます。
  3. 愛犬が不安な様子を見せたら、ここで一旦終わりにします。愛犬の不安を和らげようと優しく声をかけたりせず、何事もなかったかのように振る舞いましょう。しばらく時間を置いて、また①からスタートしてみてください。ここまでクリアできたら、次のステップに進みます。
  4. ドアを開けて外出すると見せかけて、そのままドアを閉めて愛犬の元に戻ります。不安な様子を示さなくなるまで、根気強く続けてください。愛犬が不安そうに寄ってきたとしても、何事もなかったかのように振る舞います。飼い主さんがドアを開けることは大したことではない、とわかってもらうまで続けましょう。
  5. ドアを開けても落ち着いていられるようになったら、10秒〜5分くらいの短時間、実際に家を出てみましょう。外出時間はバラバラにするのがコツ。10秒の次は1分、1分の次は3分、3分の次は30秒と、長さを変えて外出してみてください。可能であれば1日のうちに何度も繰り返してやってみましょう。
  6. 5分くらい外出しても愛犬が動じなくなったら、少しずつ外出時間を伸ばしていきます。10分、15分、20分と伸ばしていき、間に短時間の外出も挟みます。まずは30分の外出を目標に練習してみましょう。このとき、いきなり長時間のお留守番をさせないよう注意してください。愛犬が不安そうな様子を見せたら、焦らず①のトレーニングからやり直します。

最後に

年をとってお留守番が苦手になる犬は多いですが、分離不安を発症するほどひとりになることに不安を感じているなら、きちんと治療をしてあげる必要があります。まずはお留守番カメラを設置し、異変が見られたときはできるだけ早めに動物病院へ連れて行ってあげましょう。