犬のクッシング症候群とは?検査や治療法について獣医師が解説

クッシング症候群は愛犬が高齢になったときに気をつけたい病気の一つです。発症後に食欲旺盛なことが多いため、発見が遅れてしまうこともあります。見逃しやすい初期症状を正しく理解し、早期発見・早期治療に繋げましょう。

犬のクッシング症候群とは

ホルモンが過剰に分泌される病気

よく「ホルモンバランスが崩れる」などと言われますが、このホルモンが具体的にどんな働きをしているのかご存知ですか?ホルモンには様々な種類があって、血圧を調整する、血糖値を安定させる、細胞の働きを活発にするなど、体の働きを調整する働きがあります。

クッシング症候群は、腎臓のすぐそばにある「副腎」という臓器から分泌される「コルチゾール」というホルモンが、過剰に分泌されることで起こります。症状が進むと免疫力が低下し、皮膚病や膀胱炎にかかりやすくなったり、糖尿病などの合併症を引き起こすことがあります。

症状がわかりにくい

クッシング症候群は初期症状がわかりづらく、飼い主さんが気付けないことも多いです。中高齢の犬に発症することが多く、老化によって現れる変化と見分けづらいのです。クッシング症候群にかかると、以下のような症状が現れます。

  • 水を飲む量が増え、尿の回数が増える
  • 食欲が増加する
  • 左右対称に毛が抜ける、皮膚が黒ずむ、皮膚病が治らない
  • お腹が膨れる
  • 足腰が弱くなり、散歩に行きたがらない
  • 息が速くなり「ハッハッ」と舌を出して呼吸をする
  • 元気が無くなる

中でも「多飲多尿」は、飼い主さんが気付きやすい症状の一つです。愛犬の水を飲む量が急に増えたと感じたら、まずは1日あたりの飲水量を測ってみましょう。体重1kgにつき、100cc以上のお水を飲んでいるようであれば病気の疑いがあります。できるだけ早く動物病院へ連れていきましょう。

かかりやすい犬種は?

クッシング症候群はどの犬種でも発症しますが、プードル、ダックスフント、ビーグル、シュナウザー、ボストンテリア、ボクサーがかかりやすいと言われています。特に中・高齢犬がかかりやすいので、愛犬が5歳を超えたら上記の症状が現れていないか、注意深く観察しましょう。また、オス犬よりメス犬の方が比較的かかりやすい傾向にあります。

クッシング症候群はなぜ起きる?3つの原因をわかりやすく

まず副腎の働きについて理解しよう

副腎は左右の腎臓の近くにある臓器で、数種類のホルモンを分泌しています。その中の一つであるコルチゾールは、ストレスを感じたときに分泌量が増えるため、別名「ストレスホルモン」とも呼ばれます。体にとって必要不可欠なホルモンで、体内の脂肪やタンパク質をエネルギーに変える、血圧を高めるよう促す、炎症を抑えるなどの働きがあります。ちなみに、様々な病気の治療で使われる「ステロイド」という薬は、炎症を抑える働きを持つこのコルチゾールから作られています。しかし、このコルチゾールが過剰に分泌されるようになると、体内のバランスが崩れ、様々な不調が現れるようになるのです。

原因① 脳下垂体の異常

犬のクッシング症候群は、8割以上が脳下垂体の腫瘍によるものです。副腎は、脳の下垂体から指令を受けてコルチゾールを分泌しますが、下垂体に腫瘍ができると指令がうまく伝わらず、過剰に分泌されるようになります。尚、脳の下垂体にできる腫瘍はほとんどが良性と言われています。

原因② 副腎の異常

脳下垂体ではなく、副腎そのものが腫瘍化してしまう場合もあります。副腎が腫瘍化して肥大すると、コルチゾールの分泌量も多くなるのです。

左右の副腎に同時に発症することは少なく、どちらかの副腎が腫瘍化して肥大することがほとんどです。副腎にできる腫瘍は、良性と悪性の割合が1:1と言われています。良性の場合は、外科手術で腫瘍化した副腎を摘出できれば完治を望めますが、悪性の場合は転移することが多く、そうなると悪性腫瘍との闘病生活を送ることになります。(※悪性腫瘍については『老犬に多いガン(癌)。症状や治療法をわかりやすく解説します! 』の記事で詳しく解説しています。)

原因③ 薬の副作用の場合も

他の病気の治療で使用している薬によって、クッシング症候群を発症することもあります。これを医原性クッシング症候群と言います。アレルギー性疾患や免疫介在性疾患の治療のために、長期間ステロイド剤(コルチゾール)を多量に投与することによって起こります。この場合、ステロイド剤の使用をしばらく控えて様子を見ることがほとんどです。

治療をしないと深刻な合併症を引き起こすことも

クッシング症候群を治療しないまま放置してしまうと、さまざまな合併症を引き起こす可能性があります。中には命に関わる深刻な合併症もあります。

肺血栓症

クッシング症候群の合併症の中で、最も注意しなければならないのが肺血栓症です。肺の血管内にできた血栓によって、血液の流れが妨げられるようになります。血栓が小さな時は無症状なことが多いですが、放置すると血栓が徐々に大きくなって血管を塞いでしまいます。呼吸困難に陥って、右心不全、ショック状態などを引き起こし、突然死に繋がる恐れもあります。

糖尿病

コルチゾールには筋肉や脂肪を分解してブドウ糖を作る働きがあります。そのため、コルチゾールが過剰に分泌されると、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高くなります。血糖値の上昇を受けた膵臓は、血糖値を抑えるためにインスリンというホルモンを分泌します。しかし、いくらインスリンを分泌しても血糖値が下がらないため、やがて膵臓が疲弊し、インスリン分泌をやめてしまって糖尿病を発症するようになります。(※糖尿病については『犬の糖尿病について症状や検査方法を解説!食べ物にも注意して 』で詳しく解説しています。)

膵炎

膵臓に炎症が起こる膵炎も、クッシング症候群の合併症として知られています。膵炎には急性と慢性がありますが、クッシング症候群では急性膵炎を発症することが多いです。急性膵炎は強い痛みを伴い、重度になると合併症が起こって死亡することもあります。

胆泥症、高脂血症

胆泥症と高脂血症もクッシング症候群にかかった犬が併発しやすい病気です。血液中の中性脂肪や総コレステロールが異常に高い値になります。高脂血症自体に目立った症状はありませんが、高脂血症が重症化すると急性膵炎、角膜への脂質沈着などの症状が現れるので注意が必要です。

クッシング症候群の検査ではどんなことをするの?

血液検査で全身状態を把握する

問診や触診からクッシング症候群が疑われる場合には、まず、一般的な血液検査を行い、全身の状態を把握します。一般的な血液検査で血液中のコルチゾールの値を調べることはできませんが、クッシング症候群以外の病気の可能性がないか、合併症を引き起こしていないかなどをチェックします。

ACTH刺激試験で診断をつける

血液検査によってクッシング症候群の疑いがさらに強くなった場合、ACTH刺激試験という検査を行います。この検査では血液中のコルチゾールの値を調べることができ、検査結果で異常が現れた場合はクッシング症候群であると診断を下すことができます。また、腫瘍によるクッシング症候群と医原性クッシング症候群を見分けることもできます。

超音波検査や画像検査で原因を把握する

クッシング症候群と診断がついた後は、原因がどこにあるのか調べる検査を行います。クッシング症候群の原因は脳の下垂体腫瘍であることが多いですが、下垂体腫瘍かどうかを調べるためには全身麻酔をかけて行うCTやMRIなどの画像検査が必要となります。そこで、先に無麻酔でできる超音波検査を行うこともあります。超音波検査で副腎の大きさを調べ、左右の副腎のうち片方だけが大きいと、副腎の腫瘍を疑います。

クッシング症候群の治療について

クッシング症候群の原因は、脳下垂体もしくは副腎にできた腫瘍です。どちらの部位にできた腫瘍かで、治療方針は大きく異なります。腫瘍の大きさによっては、投薬をしながらうまく病気と付き合い、寿命を全うできることもあります。

腫瘍の治療

手術による腫瘍の切除

原因となっている腫瘍を手術で取り切ることができれば、クッシング症候群は完治します。副腎の腫瘍が原因の場合には、手術で切除することをまず検討します。しかし、既に他の部位に転移している、血管と腫瘍が癒着しているなど、手術のリスクが高い場合には手術は行うことが難しく、投薬による治療で経過をみることもあります。

一方、脳下垂体に腫瘍ができている場合、腫瘍が小さければ手術で取り切ることが理想的ですが、切除箇所が難しい場所にあるため手術の難易度が非常に高く、小型犬や短頭種では手術できないことがほとんどです。

放射線治療で腫瘍を抑える

脳下垂体の腫瘍は手術ができないケースが多いため、放射線治療を選択することもあります。放射線治療がうまくいけば、腫瘍をできる限り小さくすることができ、投薬で病気と上手に付き合っていくことが可能です。しかし、放射線治療は手術のように一回だけで完了するものではなく、何度か通わなければならない上、治療の度に全身麻酔が必要となります。また、放射線治療ができる施設も限られているため、通院のストレスや費用面の負担を含め、年を取った愛犬に放射線治療を受けさせるかどうかは慎重に考える必要があります。

投薬による治療

手術で腫瘍を完全に取り除くことができない場合、投薬による治療を行います。副腎から出るコルチゾールを抑制する飲み薬を使って、症状を和らげます。病気そのものを治すことはできないので、長期間薬を飲み続けなくてはなりませんが、愛犬の体に大きな負担をかけずに生活の質を改善させることが可能です。犬のクッシング症候群は8割以上が下垂体腫瘍によるものですが、そのケースのほとんどで、投薬による治療が選択されています。

完治はするの?

脳下垂体の腫瘍が原因の場合

腫瘍が小さく、投薬でコルチゾールをうまくコントロールできれば、症状は徐々に改善し、寿命を全うすることができることも多いです。しかし、脳下垂体の腫瘍が大きくて外科手術ができない、もしくは放射線治療を行ってもあまり効果がない場合には、数年以内に神経症状が現れ、認知症のような状態になってしまうこともあります。

副腎の腫瘍が原因の場合

手術で腫瘍を完全に切除できれば、完治させることができます。しかし、腫瘍が悪性で既に転移している場合などは手術ができず、腫瘍との闘病生活が始まります。投薬治療で症状が改善することもありますが、腫瘍の進行度合いによって余命は様々です。

食事はどうする?

クッシング症候群にかかったからと言って、必ずしも食事療法が必要なわけではありません。しかし、合併症を引き起こした時には食事療法が効果的な場合もあります。以下ではクッシング症候群によく見られる合併症と、必要な食事療法について解説しています。かかりつけの獣医師の指導のもと、適切な食事内容に切り替えてあげましょう。

胆泥症、高脂血症

血液中の中性脂肪やコレステロールが異常に高い値になる高脂血症や、胆のうの中に泥のようなものが溜まる胆泥症では、食物中の脂肪を制限する「低脂肪食」による食事療法が基本になります。脂肪の制限に加え、血中の脂肪を低下させるEPA/DHAや食物繊維の摂取も大切です。

糖尿病

血糖値(血液中のブドウ糖の割合)のコントロールが必要な糖尿病では、特に食事療法が大切です。糖質を制限する必要があるため、おやつをあげることは基本的にNGです。かかりつけの獣医師の指示に従って食事内容を見直しましょう。

最後に

クッシング症候群は初期症状が分かりにくい病気です。愛犬が歳を取ってきたら、今まで以上に普段の様子を観察し、異変に気付けるようにしておきましょう。自分で気付くことができなくても、動物病院で定期検診を受けることで病気の早期発見に繋がります。